はじめに
子どもにもうつ病・うつ状態は見られます。(以下うつ病。うつ状態は「うつ」に統一します。)
10代から発症すると言われています。子どものうつは従来言われていたよりも頻度は多いとされています。(頻度は調査により様々であるが、小児の3-8%と言われています。)思春期以降に増加する傾向にありますが、早期発見と適切な対応で、治療可能です。また、特に子どもの場合は、子どもの症状は家族関係・環境、親の症状とも関係します。子ども単独ではなく、ご家族あるいは学校など子供を取り巻く環境前提の中で、治療を組み立てる必要があります。
原因と症状の特徴
うつの原因は、一言で言えば「脳の疲労」です。脳も臓器の一つであり、過大な負担があれば疲れます。脳には神経伝達物質としてセロトニン・ノルアドレナリン・ドーパミンが存在しています。セロトニンは幸福感、ノルアドレナリンは活動性、ドーパミンは楽しさに関与します。脳の疲労により、この神経伝達物質のバランスが崩れます。するとそれぞれに対応した症状が出るわけです。セロトニンが低下すれば、幸福感は減少して、ドーパミンが減れば楽しくなくなり、ノルアドレナリンが減れば活動性が低下する、というように。「意欲低下」「疲れやすい」「眠れない」といった症状です。大まかにはこのように説明可能です。これはモノアミン仮説という古典的な機序の説明ですが、最近では「脳内炎症」という概念も提出されています。
ここで、子どものうつ病の症状を見てみます。
初期には以下のような症状がよく見られます。
- 朝、起きられない。
- 夜、眠れない。途中で目が覚める。
- 食欲がない、あるいは食べすぎる。
- 頭痛や腹痛を訴える。
- 元気がない。
- 学校に行きたがらない、行かない。
- 無口になった、家族と話さなくなった。
- 一人で部屋にこもりがちになった。
- イライラしている。怒りっぽくなった。
初期には、かならずしも悲しみ、気分の落ち込みだけが症状ではないことに注意が必要です。また子どもの場合は特に身体症状が前面に出ることが多いことが特徴です。
さらに進行すると、以下の症状が出現します。
- 悲しく憂うつな気分
- これまで好きだったことに興味がわかない、何をしても楽しくない
- 疲れやすく、何もやる気になれない
- 自分に価値がないように思える
- 集中力がなくなる、物事が決断できない
- 死にたい、消えてしまいたい、いなければよかったと思う
この時、リストカット、過量内服をすることもあり、家族への暴言・暴力が出てくることもあります。うつがひどくなる時、自分を攻撃するか他人を攻撃します。本人だけではなく、家族も疲弊します。
家族はどうすればよいのか
リストカット、過量内服を見つけたら
リストカット、過量内服は決して親や他人に見せつけるためのものではありません。演技でもありません。アピールでもない。それらは自殺企図です。生きていてもしようがない・つらい・などの気持ちが昂じたときにそうした行為に走ってしまいます。自傷をすると、そのあと妙に気分が良くなることもあるようです。それだけに、繰り返してしまう場合もあります。誰にも知られないように自傷を繰り返す、それはうつの重症のサインです。ちなみに、誰にも気が付かれないようにリストカットすることを見ても、リスカが家族へのアピールではないことは自明です。
まず、そうした行為を見つけたら、責めることなく、説教をするのでもなく、事実をお互いに受け止めて、ただ共感して、そして医療機関へ連絡してください。かかりつけ医にまずご相談するか、かかりつけがない場合、こうした子どものうつに対応できる医療施設を検索してください。また、子どものこころの救急体制は各地域でありますので、その連絡先も確認しておく必要があります。
さりげないしぐさに見られる希死念慮
例えば、クローゼットにタオルが輪になってかかっているなど、これは首を吊ろうとした後かもしれません。それをたまたま見つけたら、片付けて、子どもには何も言わないことです。その後にかかりつけ医へ連絡してください。
家族への暴言・暴力に対して
うつの方は家族へ攻撃的になります。子どもでも同様です。攻撃を受けた家族は非常に消耗しますし、また思わず反撃してしまうかもしれません。家族が攻撃的になっても事態は好転しません。まず、自分がイライラしたら、物理的な距離をとり・深呼吸して6秒間待つ、ようするにその場から逃げることです。そして子どもが落ち着いたら、まったく別の話題を持ち出し、お子さんと付き合いましょう。
治療:
うつの治療を考える際に、3つの面を想定します。一つは、うつとは「脳の疾患」であるという視点です。脳という臓器が疲労して暴走して、このような症状がでるのです。本人が望んだわけではなくて、イライラして、やる気がなくなり、生きていたくなくなります。その機序は先に簡単にご説明しましたが、大まかにいえば脳の疲労であり、脳内炎症であり、神経伝達物質の不安定さです。
したがって、そうした機序に作用させる物質-薬剤を投与する方法があります。具体的にはセロトニン濃度をあげる薬剤、あるいはドーパミン、ノルアドレナリンを安定にするものもあります。
また、睡眠障害は脳を疲労させます。まず、眠るための薬もあります。最近ではオレキシン受容体拮抗薬という睡眠薬が登場しています。これには、自然な睡眠を促す作用があり、副作用もほとんどありません。
もう一つの視点は、心理的な面です。うつに傾きやすい思考回路、感情に際して、その対処方法などを心理師とともに対話しながら考えます。認知療法、認知行動療法、カウンセリングなどがあります。ここで大事なことは対話することです。自分の理解者と対話することが、多くのこころの問題を解決に導きます。
3つ目は環境要因です。まず、学校(社会人であれば職場)環境の調整を試みます。うつの症状は環境要因が大きく関与していることが多いので、本人に合った環境を獲得できればそれだけで軽快することもよくあります。環境への適切なアプローチを担当医とともに考えてみることが良いと思います。
受験勉強で燃え尽きる前に
小学校で中学受験を考えているお子さんで、入学試験直前にもうやる気がなくなってしまう子もいます。また、塾に通っている間に段々嫌になってしまい、そのうちに行くことを嫌がる子もいます。あるいは受験で入学した後で、何もかもやる気がなく、意欲もなくしてしまう子もいます。ある時期から、これまで紹介したうつの症状が見られます。それは、夜眠れない・何もする気がしない・イライラする・親に暴言・暴力などです。
どうしてこのようなことになるのでしょうか。受験が悪いのか、塾が悪いのか、私はそのようには考えません。
誰が悪いと裁定しても、解決にはならないでしょう。子どもが鬱になるのは脳の疲労です。なぜ疲労するのでしょう。それは「嫌なことを無理やりやらされている」「成果がでなければ叱責される」ことから来ます。その時点での試験の点数で席順が決まり、偏差値の高い学校へ入学することが至上目標になっています。それが達成できないことは、自分の価値が大きく棄損されたように思ってします。この構造に子どもを、そして親も疲弊させる原因があります。
どうすればよいか、塾をやめればよいのか、受験をやめればよいのか、そうではないでしょう。勉強とは本来面白いものです。わからないことがわかり、知らないことを知り、できないことが出来るようになることが、喜びをもたらします。ですから、勉強を楽しめればよいのです。子どもが一人では楽しめなければ、親が、あるいは指導者が一緒に楽しめばよい。「おお、この問題はこうして解くのか」と言って一緒に喜ぶ。そうすると、ある事に気が付きます。「受験勉強というものはない」ことに。勉強があるだけです。
そして、それに気が付けば受験は知らないうちに通り過ぎていきます。燃え尽きることもありません。親も子も偏差値獲得に必死になっているときには見えないものがあります。もし、塾であるいは社会が高偏差値を求めるのであれば、子どももそれに同調します。その時は、家庭では反対の価値観を示すことです。偏差値など、どうということはない、と。そして、ともに勉強を楽しむこと。そうすれば燃え尽きることもなく、また親自身も解放されます。
参考資料 厚生労働省 こころもメンテしよう
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/parent/mental/know/know_01.html
麻布学園PTA会報第52号OB座談会1975年卒